先日公開した
「動画を1年間お休みしていた理由と2つのお知らせ」という動画の中で、
私が心理学監修に携わった朗読劇「足跡」が配信されますよーってお話をしましたが、
すでにご覧になった方はいらっしゃるでしょうか。
本作は、解離性同一性障害(いわゆる多重人格)という重いテーマを扱っていますが、
実はこれ、すごく特殊な人だけの話ではありません。
・人の顔色を見てしまう
・本音が出せない
・相手によって態度が変わる
こうした経験がある方なら、構造的に重なる部分がある、案外身近なものでもあります。
人は、これ以上傷つかないために、自分の一部を切り離して生きたり、
場面ごとに「違う自分」を使い分けることがあります。
でも、これって、その場はやり過ごせても、長い目で見ると、心は想像以上に消耗していきます。
この作品が特別なのは、そこから「どう進んでいくのか」という “出口”までを描いていることです。
今でしたらまだ「アーカイブ配信」していますので、ご興味あるかたはぜひご覧ください。
◆ 配信プラットフォーム(アーカイブの視聴はこちら)
https://parade.show
配信期間:2025年12月25日〜2026年1月7日
◆ 特設サイト
https://ashiato-stagedreading.com
⬛︎作品紹介
VFX朗読劇「足跡」は、
人気声優 梶裕貴 × 岡本信彦 × 森田成一 × 浪川大輔
という、人気声優陣による朗読劇です。
VFXという最新映像技術を用いた幻想的な演出が、
まるで誰かの心の中に入り込んだかのような没入感を生み出します。
この作品に込められたメッセージは、
「心の”傷跡”は、やがて”足跡”になる」
原作者は安楽(あんらく)さん。
解離性同一性障害や対人恐怖症などの体験を、
「障害」ではなくひとつの個性として描きながら、
・本当の自分とは誰なのか
・生きるとはどこへ向かうことなのか
を自らに問い続けてきた、ご自身の実体験に基づく物語です。
⬛︎ 作品の見どころー心理学監修の立場から
実は安楽さんは、長く私のもとに通われていた相談者さんでもあります。
この作品は、まさにリアルな実体験の記録でもあり、
解離性同一性障害の内面世界を垣間見ることのできる、
非常に貴重な作品だと感じています。
私が最初に拝見したのは、まだ文字情報の段階でした。
物語としてはとても興味深い一方で、正直
「この複雑な内面世界を、どうやって視聴者に伝えるのだろう?」
という疑問もありました。
それが今回、VFX朗読劇という形で完成したものを観て、
その疑問は一気に解消されました。
っていうか、声優さんたちが本当にすごい。
言葉、間、息遣い。
そこに映像が重なることで、物語は一気に立体的になり、
圧倒的なリアリティを帯びてきます。
特に大きめの画面で見ると、上下左右の感覚が曖昧になり、
まるで誰かの心の中に入り込んでしまったような、
強い没入体験が生まれます。
心理学監修の依頼を受けた際、
安楽さんが特に気にしていたのは、
「心理学的に正しいかどうか」だけでなく、
視聴者にとってトラウマになり得る要素がないかという点でした。
文字で読んでいた時点では安全だと感じていた部分も、
音と映像が加わることで、想像以上に胸に迫ってくる。
声優さんたちの表現があまりにもリアルで、
「これは、視聴者のトラウマを刺激してしまわないだろうか」
と正直少し心配にもなりました。
ですが、実際に感想を聞かせていただいた方からは、
「観ていて苦しい場面もあったけど、ここまでの思いをした人でも
乗り越えられたのだと思えたことで、勇気をもらえた」
という声が届いています。
ただ辛さを再現するだけではなく、
その先にある“乗り越えた姿”までをきちんと描いている。
だからこそ、この作品は強い没入感がありながらも、
最終的には希望として心に残るのだと思います。
映像と声が一体になった世界観を観たときに感じる、
方向感覚が溶けていくような感覚ーーー
それは、誰かの心の中に一瞬入り込むような体験であり、
この作品ならではの、大きな魅力のひとつです。
⬛︎ ストーリー解説
本作は、乖離性同一性障害(多重人格)を抱えたひとりの男性が、
精神疾患を乗り越えたリアルな成長物語であり、
精神疾患の『出口』までが描かれた、希望をもらえる作品です。
多重人格というと、
・「24人のビリー・ミリガン」
・「ジキル博士とハイド氏」
などのように、サスペンスやホラーとして描かれることが多く、
「怖いもの」「理解し難いもの」として扱われがちです。
そのため、観ている人が救われる的な視点はあまりありません。
けれど、実は人格一つの人の方が少なくて、
複数の人格を使い分けている人がほとんどです。
私たちは皆、
職場の自分
家族の前の自分
友人の前の自分 など、
与えられた役割の自分を無意識に使い分けて生活しています。
通常はそれをまとめる機能が働いているため、問題にならないだけなのです。
ただ、その使い分けの中で、
「嫌いな自分の性格」
「受け入れがたいクセ」
「見られたくない部分」などを必死に隠し、
自分の一部を切り離して生きている人も少なくありません。
問題の重さはまったく違いますが、
その構造自体は、多重人格とよく似ています。
こうして自分の一部を切り離し続けると、
心は確実に疲れていきます。
なぜなら、切り離された自分を押さえ込み、
さらに「こうあるべき自分」を維持するために、
常に大きなエネルギーを使い続けるからです。
そもそも、人が自分の一部を切り離すのは、
「存在を認めたくない自分」があるときです。
性格、クセ、容姿――
「これがあるせいで自分はダメだ」とレッテルを貼った瞬間、
その自分が決して表に出てこないよう、強い力で押さえ込みます。
その結果、周囲に過剰に適応した“別の自分”が作られますが、
その人格は、本来の自分ではありません。
押さえ込み、演じ続けることで、偽りの安心を手に入れることはできても、
それと引き換えに心は消耗します。
解離性同一性障害に方に、特有の無気力さあるのはこのためです。
自分の中に湧き上がるエネルギーを自分自身で切り捨てているのですから、
当然とも言えます。
では、どうすればいいのか。
本作が示している答えが「統合」です。
⬛︎ 「統合」とは何か —— ありのままを受け入れるということ
物語の後半で語られる「統合」は、
解離性同一性障害のゴールのひとつです。
統合とは、
「こんな自分は嫌だ」と追放した自分を取り戻し、
「こうあるべきだ」と過剰適応によって作り上げた価値観を手放すこと。
つまり、「ありのままを受け入れる」ということです。
こうお伝えすると
「それができないから苦労してるんじゃないですか。
こんなダメな自分を受け入れられません」
という反論が聞こえてきそうですが…
「ありのままを受け入れる」とは、
自分のすべてを好きになることではありません。
嫌いな自分がいることを認め、
「そこにいていい」と、心の中に居場所を与えること。
そうすることによって、それぞれの人格が成長していき、
それにつれてコアな人格も成熟し形成されていきます。
そうなると、結局のところだんだん一つにまとまっていく。
そして、安定した盤石な人格が形成されていくのです。
劇中で主人公が過去の自分に「ありがとう」と告げるシーンは、
その象徴でもあります。
ただし、解離性同一性障害の場合、
すべての人格を無理に一つにまとめる必要はありません。
幼い頃に発症して、それぞれの人格がそれぞれの形で
成長していきますからね。
それをまとめる主人格が機能して、
その場その場に合わせた人格を使い分けていくことができれば、
それでいいわけです。
どの人格もその人の一部ですから、それらをまとめる主人格が機能し、
それぞれに居場所があれば、それで十分な場合もあります。
どの人格も、その人の一部。
それを認め、共に生きていく。
この作品は、重いテーマを扱いながらも、
確かな「希望」と「出口」を示してくれる物語です。
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