Happy-oneの由来

Flowers

☆彡

image (1) あなたは『人生の最後の日』どうありたいですか?

大切な人に看取られたい。
多くの崇拝者に惜しまれながら、この世を後にしたい。
自分の創り上げてきた成功を愛でながら過ごしたい。
美味しいものを好きなだけ食べたい。
人それぞれだと思います。

この質問に答えることで、 あなたは自分の「本心=欲望」と向き合うことになるかもしれません。

有名になりたい、豪華な暮らしがしたい、素敵な異性を手に入れたい・・などなど 人間の欲望はキリがありませんが、そもそもなぜそれらを手に入れたいのか、 深く掘り下げて考えたことはありますか?

あなた自身も気づいていないかもしれませんが、 実は、人が最後に本当に欲しいのは、豪華な家具や車や家などではなく、名誉でもありません。 これらは、そのものだけ見ればただの「物体」や「肩書き=文字の羅列」でしかありません。
では、人が最後に本当に欲しいものとは一体何なのでしょうか? それを、少し考えてみたいと思います。
例えば・・・ 今、魔法使いが現れて、あなたの最後の1年間の命と引き換えに 何でも希望を叶えてあげると言われたら、何を望みますか?
そして実際にそれらの欲しいものを手に入れたとき、 あなたはどんな気分になりますか?

・・・・

それこそが、あなたが本当に手に入れたいものなのです。
豪華な暮らしを手に入れて優越感に浸ったとしたら、あなたが欲しいものは「優越感」です。 素敵な異性と結婚して安心したとしたら、あなたが欲しいものは「安心感」です。

つまり、人間が最後に本当に欲しいものは「感情」です。 感情は人間に行動を起こさせる「人に備わった機能」であり、「心のバロメーター」です。

では、多くの人が最後に欲しいと思うのは、どんな感情なのでしょうか?

私の場合は・・・
私が最後に得たいのは「愛」、もっと言えば、愛し合う充実感、満足感、幸福感です。
これをシンプルに表現すると「HAPPY」です。

人が生まれたとき、無条件に愛してくれた人が必ずいます。 何もできない無力な存在にミルクを与え、清潔に保ってくれた。 泣けば抱き上げてくれ、会話が成立しないにもかかわらず話しかけてくれた。 誰かがあなたにこれらのことをやってくれたから、今、あなたは生きています。
人の人生は「愛」で始まりますが、それを自分が満足するまで得られないと、愛を求め続ける人になります。逆に、充分に満たされると、今度は「愛」を与えたくなります。

ですが、与え続けると「愛」が枯渇するので、また欲しくなる。
そして、与えることによって、また「愛」を与えられる。
人はこの「愛の循環」を無意識に求め、それを示す指標が「幸福感」だと思うのです。

幸せは「なる」ものではなくて「感じる」ものです。

だから私が最後に欲しいのは「幸福感」ですし、これは多くの人に当てはまると信じています。

 

そしてこの「幸福感」で満たされると、人は『ハッピーワン(幸せな存在)』になります。

子どもの頃は無条件に与えられていた愛ですが、大人になってそれを与えてくれる人は、残念ながらほぼ存在しません。 唯一出来るとしたら、それは自分自身。 「自己愛」に他なりません。

幸せを感じるのは自分次第ですし、 自分に無条件の愛を与えられるのも自分です。
人間最後に欲しいものは「幸福感」であり、 そして唯一それを与えられるのは自分自身です。

何はなくても「幸せ」を感じることが出来たら、
自分を愛せてる(=自己愛)」ことになるのではないでしょうか。

私は、自分が幸せな存在でありたいし、
幸せを感じられる人を育てたい。

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人生、楽しいのが一番♪

だから、Happy One なのです。

ちなみに、うちの老犬はHappyっていう名前です。
存在することで、家族に愛を与え続けています。

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